[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
※死にネタです。先に左近にごめんなさい。(でも兼続には謝らなくていいと思ってます)
三成からの電話を切った政宗は羽織を引っ掴むとすぐさま家を出た。三成の報告を受け「今日はエイプリルフールではないぞ?」と返したのだが彼の声音に混ざる悲壮感と混乱は本物で、まずは真偽を確かめねばと政宗は足を速める。
「三成、邪魔するぞ」
勝手知ったる石田邸の玄関で叫ぶようにそう言えば、すぐに三成が顔を出した。顔色は、すこぶる悪い。
「で、何処じゃ?」
言葉少なに問えば三成が顎で奥の間を示す。襖を開けた政宗は、そのまま暫く固まった。
部屋の片隅、敷かれた布団の中で左近が大の字に倒れている。
「…いつからだ」
「確かに昨夜は普通に布団に入ったのだ、と思う。朝起きたら…冷たくなっていた…外傷もそれらしい侵入者もない」
「第一発見者は?」
「俺だ。いつまで経っても起きてこないので変だと思って部屋を覗いたら、もう死んでいた」
「言い難いがこれは」
殺人じゃ、何、犯人は必ず捕まえてやるわ、青白い顔で淡々と状況を語る三成が痛々しかったのでそう言ってやろうとしたら、襖が再度開いて見覚えのある顔と同時にあの声が響き渡った。
「見た目は宰相、頭脳は義士!この世の義と真実を暴く為、名探偵私、ここに参上!真実はいつも一つ!ついでに私はいつも義人!」
「何じゃと!それは儂の役じゃ!勝手にしゃしゃり出てくるな!」
「そうですよ、兼続殿!あと左近殿を踏んでおります!」
兼続を追って登場したのは幸村だった。で、皆さんお揃いでどうされたのですか?そう首を傾げる幸村はこの惨事をちっとも知らないようだ。
左近殿、兼続殿に思いっきり踏み躙られましたが大丈夫ですか?と顔を覗き込んで息を呑む。
「大変です!左近殿が死んじゃいました!」
「なんと!犯人はこの私、直江山城守兼続だ!」
「これはこれでなかなか愛い反応じゃが、ちと違うぞ、幸村」
「そうだ、案ずるな。左近はもともと死んでいたのだ」
「やはり犯人は私か!私の不義め!だが早速解決!この辺りはさすが私の義、といったところか!」
「で、三成。昨夜は何か変わったことはなかったか?」
陣羽織を頭から被り直し(搬送される容疑者にジャケットなどを被せるあの要領だ)両手を前に組んで引っ立てられる気満々で「私は逃げも隠れもしない!」と叫ぶ兼続を無視して、政宗がそう尋ねる。
「昨夜?昨夜は左近も俺もごく普通に過ごしたが」
「私は書を嗜んだ後、むくみを取るという噂のストレッチを存分に行い、昨日の私の義について考えながら眠りについた!」
「…いや、兼続、貴様のことは良い。どんな小さなことでも構わぬ。気付いたことがあれば言ってくれ」
「政宗どの、探偵さんみたいですね」
「お、そうか?」
「ええ、頑張ってくださいね」
愛しい恋人からの声援に政宗の頬が一気に緩む。
「これはしたり!名探偵かつ大胆不敵な犯人はこの私だぞ、幸村!」
「ええい、貴様ら!真面目にやれ!左近の死を律儀に悲しんでいる俺が馬鹿みたいだろうが!」
「あ、すいません三成殿」
「そうは言っても次の話では何事もなかったかのように左近は生き返っているのだろう?一時の死に何を悲しむことがあろうか!」
「馬鹿、兼続!それを言ったらお仕舞いよ!で、どうじゃ、何か変わったことはなかったか?」
幸村も三成も、兼続の不用意な発言は無視するにこしたことはないと考えたのか、大人しくなった。が、先程まで左近を心から悼んでいた三成の悲壮感が完全に薄れてしまったような。先程の兼続の台詞に少しだけ心が晴れてしまったらしい。
そんな調子で三成が政宗の言葉を繰り返す。昨夜、何か変わったことか…?あったようななかったような。
「ところで犯人は私は幸村だと思う!」
「ええ!私ですか?!」
「このような殺人事件は登場人物の一人が犯人、というのがセオリーだ!これで犯人が今までに名も挙がっていない郷舎殿や謙信公だったらおかしいだろう?!私は名探偵であるから除外するとして、最も怪しそうな不義の山犬は最後まで視聴者を疑わせる役、そして第一発見者である三成が犯人では簡単に過ぎる!ということで、最も人当たりの良さそうな意外な犯人といえば幸村を置いて他にない!」
視聴者って誰よ、そう突っ込む間もなく政宗が幸村を庇うようにして立ち、叫ぶ。
「馬鹿め!儂の幸村がそんなことをするか!」
「そう言われれば、犯人は私のような気がしてきました」
「な!兼続の話術に嵌るな、幸村!気をしっかり持て!」
「ところで昨夜天井裏から微かに物音がした気がするが、俺は今そのことについて話しても良いのか?」
「成程、天井裏か!どんな音じゃ?」
やっと三成が話題を戻した。だが、一先ず幸村への良く分からぬ疑惑はこれで晴れると手を打って喜ぶ政宗に答えたのは三成ではなかった。
「あ、それ私です」
「何じゃと!」
「ほう、あれは幸村だったのか」
「ではやはり犯人は幸村かな?!」
「いいか!自分から疑いを深めるようなことを言うな!大体何をしておったのだ!」
「何をというか、散歩です、唯の」
「天井裏をか?!」
「はい、聚楽第の天井裏は飽きてしまったので初心に戻って大名の皆様方の屋敷をうろついたりして…で昨夜は三成殿の御宅に忍び込んでみたのです。三成殿、昨夜はお邪魔致しました」
「いや、何の馳走も出来ず此方こそ失礼した」
深々と頭を下げ合う三成と幸村の隣で必死で政宗が叫ぶ。
「ま、待て!昨夜は儂と一緒におったじゃろう?!」
「政宗殿がお出でになる前のことですので」
「じゃが証拠がないぞ!証拠が!」
涼しい顔した幸村に必死に食い下がる政宗。もうどっちが容疑者か分からない。
「証拠…ああ、多分積もった埃に私の足跡がくっきりと残っている筈です。あと昨夜は油断していて襷を引っ掛け、落としてきてしまいました」
これには政宗、声も出ない。
「つかぬことを聞くが、幸村はその時に左近を殺したのか?」
政宗の苦悩など何処吹く風、淡々とした声音で三成が核心に迫る。
「いえ、わざわざ左近殿なんか殺しませんよ」
「それはそうだな。そもそも動機がない」
「そうじゃろう!そうじゃろうとも!」
「動機!そういえば幸村、そなた左近に保険金などはかけていないかな?」
殺人の動機といえば保険金、そんな短絡的な思考を自信満々に指摘する兼続。
「左近殿にはかけてません。政宗殿にはかけていますが」
「何じゃと!それは初耳じゃ!」
「政宗殿が死んだら私、三千万貰えますよ」
「むう。保険金殺人には億単位で掛けるが義だぞ!」
「そういえば左近は保険をかけていたのか?」
どうも一向に纏まらない話を戻したのは、左近の傍らに落ちた小さな小瓶だった。あからさまに胡散臭いそれを拾い上げたは兼続。
全く気付かなかった政宗や三成も何だが、多分重要な証拠であるそれを素手でさっさと拾い上げた兼続も兼続だ。
「ん?何かな、この小瓶は」
「あ、それ私のです!そういえば昨日左近殿の部屋を何の気なしに覗いていたときに懐から落ちて、その衝撃で蓋は開いてしまうし中身は零れてしまうし…まあいいやと思ったのでそのままにしたんでした」
ああそう、そんな話があった。政宗は頭を抱える。
屋根裏から覗き見をするのが趣味の男がある日節穴からこっそり毒を垂らし、真下で寝ている男を殺害してしまう話。あの時はそんなん無理じゃろうと思ったのだが。
いや、まだ幸村の持ってた瓶に毒が入ってたかどうかは分からぬのだし。案外沖縄土産の星の砂かもしれんではないか。今でもそんなもの売ってるかどうかは、儂、知らんがな。そもそもそんなメルヘン極まりないものを幸村が持っている筈などないことは政宗が一番良く知っているような気がするのだが。
「して中身は何だったのかな?!」
「ええ、毒です」
終わった。何もかもが終わった。全然関係ないはずの政宗の気分は、もう、崖っぷちで自分の行いを自白する犯罪者のそれである。しかし幸村はあっけらかんとしたもので、その幸村につられたのか、三成ですら「天井から毒が降ってくるなど左近も思い及ばなかっただろうな」などと笑っている。
和気藹々とした幸村と三成、そしてこの世の終わりとばかりにしゃがみこんで悲嘆する政宗を尻目に、兼続が瓶の蓋を開けた。
「そうか、では天も嘉する名探偵であるところの私は、これが本当に毒かどうか確かめる必要があるな!」
「な、馬鹿!やめろ、兼続!」
政宗が止める間もなかった(なんつーか、日頃から突っ込み慣れている左近が被害者の役をやるというこういう時に大変だと頭の片隅で思ったのだが)。
兼続は口を大きく開け殆ど中身のない瓶を逆さに翳して元気よくぶんぶんと降る。透明な雫が一つ、兼続の口中に吸い込まれるのを政宗はまるでスローモーションの映像を見るような気持ちで見守った。
「…ふむ、無味無臭。だがそこはかとなく口内に残るこの仄かな甘…ぐわあああああああああああ!!!!!」
「か、兼続!」
「ぐっ…これは間違いない…毒だ…真実はいつも一つ、そして私はいつも義士…この難事件、直江山城が無事解決、という、わけ、だ…」
「もう良い!良いから、喋るな、兼続!」
「そうだ、喧しいぞ」
「喧しいとかではなくて、こういう場合は喋るなというのが人の道じゃろうが!」
「全く私の知には狡猾な犯罪など及ぶべくもない――が、そんな私も毒の前には勝てなかったということか…これは面白い…」
「真田の毒は結構凄いですよ」
「そうか…そのようだ。私は…死ぬのかな、三成、幸村!」
「そうですね」
「ああ、死ぬな」
「幸村!何涼しい顔をしとるんじゃ!三成も!太閤の名台詞が使えて嬉しい、みたいな顔をするでない!ま、まだじゃ!儂がいつも肌身離さず持っておるこの解毒剤を呑め!」
「はっはっは!いけてる提案だ、笑えるぞ!山犬!私は死ぬだろう!だが私は生きている!私の義を愛する心は三成の中に生き続けている!」
「俺か?!」
「いけてる提案どころではないわ、笑ってないで早く呑め」
死なれちゃ困ることは困るのだが、まさか今際の際にまだ喋ろうとするとは。解毒剤を取り出す政宗の手つきにもどことなく精彩が感じられない。
死に瀕した兼続の元気さに(日本語は間違っているが状況としては間違っていない)疲れちゃったのだ。
「そしてもっと…生きていくことになる!そなたらが新しい世を作り、義を愛する心を皆に植え付けていく。何百万という人の心に私が生きることになる!」
「兼続殿!」
今更一体何を思ったのか、如何にも感じ入った様子で幸村が倒れ伏した兼続の枕元に膝をつく。
ああ、見取る気満々じゃ。「俺の心の中にお前は生きていないのだよ」そう文句を言いつつ震える兼続の手を取る三成も、今正に死なんとする兼続の雰囲気に流されてしまったらしい、左近のことなんか完全に忘れている。
遺言というには長過ぎる演説を打っていた兼続はひとしきり大声で義、そして愛と叫ぶと静かに目を閉じた。が、すぐに目を見開き、如何にも今凄い良い台詞を思いついたので言っておこうと思う!という面持ちで呟く。
「前へ進め…道を究めるとはそういうことだ…ぐふっ!」
「兼続殿!」
「兼続!死ぬな!」
もっと早く言ってやれよ、既に不要のものとなった解毒剤を仕舞い直しつつ心からそう思っている政宗は、儂、ドラクエ以外で本当に「ぐふっ」って言って死ぬ人間、はじめて見たわという感想を漏らすことしかできない。
誰のものとも知らぬ嗚咽がひとしきり響き渡ったが、それが収まると、三成が急に立ち上がり言った。
「兼続は生きている。奴の義を愛する心は明日、精々明後日辺りまで俺の中に生き続けている」
「ええ、三成殿」
涙を拭き、明後日の方向を見詰めながらもいい顔で言い放つ二人に、政宗が入る隙はない。
全く同じ事をさっき兼続が言うたがな。何故わざわざ繰り返すのじゃ。これがボケで結ばれた友情か、政宗はちょびっとだけ孤独を感じてしまった。
「次回の話はきっと死後硬直の後遺症に悩む左近と兼続の話だろうな」
「そうですね、三成殿」
「いやいや兼続は勝手に死んだが左近はどうするのじゃ!手を滑らせて毒を流し込んだとは言え、不本意ながら幸村が犯人だということは明白じゃろう?!」
「そうでした!政宗殿、私はどうなるのでしょうか?!」
「安心しろ、幸村」
今更慌てふためく幸村を振り返って、三成は非常に酷い一言を言い放った。ぼけもここまでくればいっそわざとに見える清々しさだ。
「野心の為なら親兄弟すら手にかけるが戦国乱世だ」
三成の言に少し落ち込む政宗。あ、こら!ちらっとこっち見るな、馬鹿め!
「しかも撫で斬りが若さ故の過ちで済んでしまう、そんな世の中だぞ」
ああ、うん。あれは確かに若さ故の過ちじゃった。
「そんな時代に業務上過失致死などという言葉はない」
「成程!お見事です、三成殿!」
何だか正直、どうでも良くなってきた。
島左近殺人事件という難題を見事解き明かし、幸村から「政宗殿、お見事です、でもそのような素晴らしい方、私如きには相応しくないと…」と物憂げな賞賛を浴びながら、そっと彼を抱き寄せ周囲がこっ恥ずかしくなるような睦言の一つでも囁きそのままあはんうふんじゃ!と企んでいたのに。いや、それはさすがに冗談だけど(八割方は本気だが)。
なんか儂、結構必死で左近のこと考えたり三成の心の痛みを思って胸を痛めたり、幸村を最後まで信じたりしたのになー、兼続だって一応救おうとしたのになー、ってな感じだ。完全に負け、気分は負け犬だ。
勝敗はさておき、常識人を犠牲に常識ない者の方が人生をものっそ謳歌する(一人自ら毒を煽って死んじゃった奴もおるけど)、んなこと分かりきったことだったではないか。
明くる日、兼続の予想通りに「何事もなかったかのように左近は生き返」り、また三成の予言通り「死後硬直の後遺症に悩む左近と兼続」が大騒動を繰り広げるのだが。(主に後者が)
「ちょ、殿!左近はまだ上手く身体が動かせないんでね、今日くらいは部屋の掃除、ご自分でやってくださいよ」
「何だと!勝手に死んで俺に不便を味わわせた挙句、主に対して不満か。いい度胸