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カップめん啜りながら思ったんですが、伊達はカップめん一つにもこだわりそうですよね。
なんつーか、カップめんなんか食べない伊達様もいいと思うのですが、私は何でも食すというのは長所の一つだと思うので、凄絶にそれを希望します。
すっごい美味しい店も料理も知ってるんだけど、千円で腹いっぱいになるそこそこ美味い店も知ってるし、かと思えば何の肉を使っているかすら定かではない焼肉バイキングとかも行っちゃうし、所謂ファーストフードもコンビニ弁当も食べます、みたいな。
私は自分の味覚に自信がないので、時間と味と金額のバランス感覚が優れているというのに憧れます。
自分の中での価値基準がしっかりしているから、この金額ならこの程度の味、この味ならこのくらいの額まで出す、今日は時間があるから手をかけた料理を作るとか、他のことをしたいので食事はこのくらいまで妥協するといったような、そういう判断をしっかり出来る人はいいですよね。
しかもそんなの人によって基準まちまちなの分かってるから、わざわざマイナスの感想を言わない感じがします。夢見てます。
でも、とある人に「料理の美味しさはいいけど、口に合わないということは絶対に言ってはいけない」という話を聞いて成程なあと思ったのでした。おいしいね、というのは嬉しいことだから共有してもいいけど、不味いというのはわざわざ言う必要ないもんね。相手が美味しいと思っていたら失礼ですし。
兎に角伊達はそんなわけで色々なことに手を抜きません。カップめん一つ作るのにも「お湯はこの量が一番良いのじゃ」とか言います。その横で幸村が箸を咥えながらラーメンが出来るのを待っているといいと思います。