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「今日集まってもらったのは他でもない!」
いつもであればこうした話の発端は兼続の十八番とするところであるが、その兼続は神妙な顔で、しかし胡坐を掻きどこか横柄な態度で冒頭の台詞を叫んだ隻眼の大名を見上げた。
奥州の大大名・伊達政宗と上杉が誇る(多分、だ。多分)敏腕宰相・直江兼続。軍略とその武勇、天下に余すところなく知れ渡っている真田の次男に、泣く子も黙る治部少輔。
ここに集まった面々の肩書きだけ見れば一体何の密謀かと勘繰りたいところであるが、んなことをしてもしょーがない。どうせ話題は下らぬことなのだ。
因みに、分かっているのか分かってないのか、そうした有力者同士の結びつきを最も警戒せねばならぬ天下人、つまり三成の主は、可愛いが横柄過ぎるウチの子にやっと友達が出来た、くらいにしか思ってないのだろう。
「今日は政宗のところに遊びに行くんか。お前ら、仲が良いのう」
と四人分の菓子をたんまり、手土産に持たされた。
秀吉様の懐の深さは尋常ではない、と三成は早速その包みを開け、干菓子を一つ摘みながらも政宗の言葉に耳を傾けた。傾けたのを後悔したのは、一瞬の後だったが。
「最近の儂は、ちっとも良い思いをしておらん!一体どうしたものか、それについて皆で真剣に検討したいと思うてな!」
「ほう、そうか!私は正月の神籤は大吉であったし、昨日は久しぶりに景勝様とゆるりと酒を呑みながら楽しい時間を過ごせた!もちろんすこぶる健康で、相変わらず頭も切れる私に怖いものなし!良い思いしまくりだ!」
「黙れ、兼続!これは大事な話じゃ!口を挟むな」
罵られた兼続はちっとも悪びれなかったが、代わりに幸村が何故か口を覆った。その仕草も可愛いといわんばかりに政宗が相好を崩す。
が、いつものことなので三成は干菓子を頬張ったまま、突っ込むのは止めた。
「そこでじゃ!儂も色々考えた。『ほのぼのな儂らv』なんて言うとるからいつもいつも貴様らがしゃしゃり出て儂の至福のひと時が潰されるのじゃ!ここは一発、『ダークでエロエロなダテサナ』を目指して行こうと思う!」
「貴様には、無理だ」
干菓子を飲み込んだ三成が、開口一番そう告げる。
無駄に過保護な家臣の所為で、ダークという意味は漠然としか分からなかったのだが、いくら彼でもエロエロくらいは分かる。ダークとは何だ?と聞くだけの殊勝さは三成にはもともと、ないのだし。
だが、政宗を擁護したのは意外な人物だった。
「…なるほど、ダークか…爽やか男前宰相で売っている私だが、ダークも悪くないな!」
お前は関係ないだろう。四方八方から飛んでくる突っ込みを物ともせず、兼続は腕を組んで何事か熱心に考えている。
「ええと、それは私が何か悪いことをすれば良いのでしょうか?」
三成の心中などお構いなし、今度は当事者の幸村までもやる気満々だ。
うきうき、いや、生き生きして見えるのは気の所為か。
「いや、それは困る。本気を出したお主の黒さには、いかな儂とて太刀打ち出来ぬ」
「は?黒い?幸村は赤いではないか」
そう尋ねる三成など完全にスルー、政宗の言葉に幸村は何故か、「そんな…政宗殿」などと頬を染め、政宗も至極嬉しそうに俯く幸村の髪を撫でた。付き合いの長いカップルとはこんなものなのか、首を捻る三成。
「ダークか…ダークと来たらやはり監禁は外せぬのではないかな?!山犬!」
犯罪めいた言葉を叫んでも、兼続だと何だか軽く聞こえるのが不思議だ。
「なるほど!自由を奪い、ついでに尊厳も奪って、陵辱の限りを尽くすのですね!それはダークです、政宗殿!」
…もしもそれが実現したら、陵辱の限りを尽くされる相手はお前なのだぞ、幸村。
だが政宗は幸村の言に我が意を得たり、とばかりに頷く。
「そうじゃ、監禁じゃ!儂はその為に小遣いはたいて座敷牢を作らせた!」
「おお!座敷牢か!本気だな、山犬!その気概、確かに歴史に刻まれるとこの私が断言しよう!」
座敷牢?俺は見たことはないが、それってあんまり誉めそやすものではないのではないか?
しかし三成の疑問は「わあ!座敷牢ですか!私、憧れだったんですよ」という幸村の一声に掻き消された。
「昔、父上も座敷牢を作ろうとしていたのですが、ちょっとしたごたごたが続いて結局作れなかったんですよね」
そんなこんなで四人揃ってぞろぞろと通された政宗渾身の作の座敷牢の中で周囲を見渡した幸村は、いつになく明るい歓声を上げた。
その「ちょっとしたごたごた」が時期的に、徳川による上田攻めであろうことを見抜いた三成は、黙りこくる。規模の全く違う大軍勢を前にそんなことを考えていたなんて、余裕があるにもほどがある。いくら家康といえど昌幸に勝てるわけはなかったのだ。
それはそれとして、改めて見渡した座敷牢の中は、まだ真新しい畳の匂いがした。
「ふむ、狭いな」
「馬鹿め!狭くなくては意味があるまい!」
「いや、俺は狭いところが好きなのだ。俺の部屋は、政務をするには丁度いいかも知れぬが、本当はこのくらいの空間の方がが落ち着くのだよ」
実は子供の頃、まだ狭い秀吉の家の、更に狭い押入れが何よりもお気に入りだった三成である。昔は、割と本気で押入れを寝室にしている猫型のロボットが羨ましかった。
そろそろ佐吉にも自分の部屋を持たせないといけないねえと困惑するねねに、「俺の部屋は押入れにしてください」と駄々を捏ね、更に困らせたのも良い思い出だ。
壁に背中を持たれかけさせ座り込んだ三成は、その狭さにうっとりした。
そうだ、俺ならあそこに本棚を作る。その脇に小さな文机を置くのだ。本棚に寄り添うように布団を敷けば、寝転がりながら本が読める。ふと思いついたら起き上がって何か認められるのも、良いな。
「本棚じゃと!馬鹿も休み休み言え!幸村が本棚など必要になるわけなかろう!」
確かに私、あんまり書は読みませんが。そう頬を膨らませた幸村は、柱を叩いたり壁に耳を当てたりと忙しい。
確かにここなら声はあまり漏れませんから、陵辱の限りを尽くすのにはもってこいですけど。
唯一座敷牢を作った目的を覚えている(覚えているだけで自分が当事者だとは夢にも思っていないようだが)幸村が不満げな声を漏らした。
「何故窓があるのですか?鉄格子も弱すぎます!これでは牢とは呼べませぬ!」
「だって窓がないと息苦しい気がするじゃろう?!」
「でもあんなに外が見えて…ってことは外からも覗かれるかもしれないじゃないですか!私はそんなところで陵辱の限りを尽くされるのは、嫌です!」
「ほ、本当じゃ!儂の幸村は誰にも見せぬぞ!よし、ここには遮光カーテンを付ける!」
「けど窓から声が漏れるかもしれませぬ!」
「カーテンは止めじゃ!雨戸をつける、それなら良いであろ?」
こくこくと頷く幸村は、どうやら陵辱云々が一応他人事だとは思っていなかったらしい。三成には考えにくいことだが、そういった酷いことをされるのも吝かではないと思っているのか、それとも政宗はどうせ口ばかりで到底出来やしないと高を括っているのか。多分、後者だ。
「しかし、咽喉が渇いたらどうするのだ、山犬!睦みあった後には咽喉も渇くし腹も減るであろう!」
「そうだな、ここに炉でもつけたらどうだ?」
「貴様ら、本物の馬鹿か!」
窓→雨戸とメモをとっていた政宗が叫ぶ。
「そんな炉などつけて、幸村が熱湯を引っ繰り返したらどうする!火傷でもしたら可哀想じゃろうが!」
陵辱ってもっと可哀想なことをすることじゃねえのか、とは誰も言えない。炉の話に一生懸命な彼らはこの座敷牢の目的などすっかり忘れてるからだ。侭ならぬこともしんどいことも星の数ほどある乱世、過去はあっさり切り捨てていかなければ生きていけない。
「なるほど!幸村はそそっかしいところがあるからな!山犬の深い愛!この直江山城、しかとこの目に焼き付けた!しかし食べ物は、厠はどうするのだ?!まだまだ未熟者な私には、具体的な陵辱の仕方がよく分からぬぞ!」
「あ、そうですよね。食べ物は運んでもらえばいいですが、厠は…」
「馬鹿!」
政宗が涙目で再び叫ぶ。
「儂の幸村は便所になぞ行かぬわ!!!」
狭い部屋の所為か、政宗のとんでもない叫びは無駄にこだました。余りに余りな内容に、黙りこくる面々。
「幸村は…昔のアイドルか…」
「何馬鹿なこと言ってるんですか!今朝も厠の順序で喧嘩したでしょうに」
「うん、分かっておる…ちょっと言ってみたかっただけじゃて…」
「でも厠がないのは困りますよねえ。実際はどうするんでしょうか。父上に聞けばちゃんとした座敷牢の作り方を教えてくださるかもしれませんが」
「あんまり本格的な牢だと可哀想じゃと言うておろうが!」
「だが緩すぎて逃げられるのも困るぞ、山犬!」
兼続の助言に政宗はがくり崩れ落ちた。
「儂、真似事くらいで良かったんじゃて…本気で幸村を泣かす気などないし、そもそも儂では絶対幸村には敵わぬわ。ちょっと趣向を変えていちゃいちゃしたかっただけなのに、まさかそんな逃げられたら…儂、どうしたら」
普通は監禁なんて聞いたら、逃げるぞ。陵辱などされたい人間などいないだろうが。そもそも始まりからおかしかったのだよ。
「じゃが、監禁で陵辱と言えば滅多にない、大人向けの儂らのエピソードが出来ると思うてな」
「政宗殿…」
耳を塞ぎたくなるほどとんでもないことを言っているのに、落ち込む政宗の背をそっと擦る幸村は、結構本気で政宗のことが好きなんだろうな、何処か間違っているような気もするが、これが所謂愛という奴か、と三成は兼続のようなことを考える。
「真似事くらいでしたら付き合いますし、私は逃げませんから」
「ほ、本当か、幸村!」
「ええ」
手を取り愛とやらを確かめ合っている二人を余所に、三成は壁に寄りかかり膝を抱えながら思う。
やっぱりこの狭さは良いな。俺も屋敷に帰ったら左近に命じて、このくらい狭い俺の部屋を作らせよう。
「さて、そうなるとこの部屋は全く意味がないのだが。全くもって山犬の徒労、というやつだな!」
「そうじゃな…儂が言うのもおかしいが、これ、どうしたら良いんじゃろうか」
「私が政宗殿の屋敷にお邪魔したとき用の部屋にします?」
別に正式に一緒に住んでいる訳ではないのだが、既に政宗の屋敷に入り浸っている幸村が涼しい顔でそう言う。
「駄目じゃ。こんなところまで会いにくる時間が勿体無い。お主の部屋は儂の隣と決まっておる!」
「炉の話が出た時から思っていたのだが、もうこれは、茶室で良いのではないか」
そう呟いた三成に、皆の視線が集まった。
「それじゃ!よう言うた、三成!」
「そうですよね、茶室ならいいじゃないですか!」
「正に義の思いつき!さすが私の友だ、三成!」
かくして、伊達屋敷の一角の、実に変な場所に中途半端な大きさの茶室が出来、ついでに三成の屋敷にはすこぶる狭い主の部屋が出来たのだが――余人が首を捻るその部屋の成り立ちについての謎は、この四人しか知らない。
ダークなダテサナに憧れて、そうだ!監禁モノだ!と思いついたはいいが、一行目で諦めました。諦めが良いのはとうこの長所です…
三成はきっと狭いところが好きに違いないという妄想。幸村も、きっとすっごく好き。けど幸村の理由は、落ち着くとかじゃなくて、潜むのが好きなんだと思う。