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多かれ少なかれ子供がいる家のおやつの時間というのは大騒ぎなもので、それが真田家だったら尚更、なのだ。
自分の分のバウムクーヘンにむしゃぶりついて、あれよという間に平らげた弁丸が辺りを見回す。
おやつの時間にいそいそと菓子を用意するマメさはあるのに(絶対自分が食いたいだけだと信幸はこっそり思っているが、確かめたことはない)、次男坊の不審な動きには我関せずな昌幸が、我が子に菓子を分けるという殊勝なことを考え付こう筈もなく、信幸は黙って自分の残りのバウムクーヘンを二つに割った。
…あえて大きさは不公平な感じで。
だってこれ、もともと自分の分だし。
が、弁丸は、信幸の想像以上に目敏く素早かった。
「あにうえ、すきありです!」
そんな言葉、何処で覚えてくるのか信幸にはちっとも見当付かないのだけど、兎に角そう叫びながら遠慮を知らない次男坊は、心配りの行き届く長男のバウムクーヘンをかっ攫ったのだ。しかもぬけぬけと大きい方を。
分けてあげようかな、と思ってはいた信幸だが、分けるのと奪われるのでは訳が違う。
「こら、弁丸!それは私のおやつだぞ!」
「おちてました!おちてたら、いちわりもらえます!」
皿に乗った菓子がフォークを握った人の前に落ちてる訳があるか、そもそも隙あり、と叫んだのはお前だぞ。あと、落ちていると言えば、拾い食いも良くない。まさかそんなことをしてはいないと思うのだが、拾い食いは危険なこともあるのだということをもっとしっかり教えておくべきか。
ついうっかりそんなことを気にしてしまった信幸の初動はすこぶる遅れ、気付いた時にはバウムクーヘンは一割以上、弁丸の腹の中に収まった後だった。
両手でバウムクーヘンを握り締め、もちゃもちゃと咀嚼する弟を見ながら信幸はそっと嘆息する。仕方ない。
食べるのが異様に早い弁丸が(ついでに食い意地も異様といえば異様だが、兄としては余り言いたくない)人の食べ物を欲しがることなんて今日に始まったことではないのだし、それを見越して自分の分がせめて残るように、予めバウムクーヘンを割っておいた己の先見の明を褒めようではないか。
と思ったら、早速背後から新たな敵がきた。
「こら、信幸!己のものを取られてすごすご引き下がるとは何事だ!」
自分の分のおやつを食べ終わった昌幸である。まだ口の中に菓子の欠片が残っていたとみえ、台詞は非常に聞き取り難かったが既にこれも真田家の日常。
信幸には父が何を言わんとしているのかは充分分かっている。
「男たるもの奪うのが基本!好きなおなごがおったら奪う!美味い菓子とて同じことじゃ!」
分かっているが、律儀な信幸はついつい口を挟んでしまう。信幸の常識など、この真田家の尋常でない教育方針の元に一喝されるだけと知ってはいても。
「しかし、父上…」
「しかしもヘチマもないわ!弁丸を見よ、血を分けた兄の取り分にまで手を出すとは、あの子は大物になるぞ!」
食べ物に関してだけ、ですけどね。
というか、そんなことしてるから、父上はいらん敵まで作るのでは?
無邪気な弟と、ついでに無邪気すぎる父にどうしたものだかと頭を抱える信幸の視界に何かが飛び込んできた。
食い散らかしたバウムクーヘンの箱に辛うじてへばり付いてる紙…あれ、熨斗じゃないか?ううん、紛うことなく熨斗に見える。そりゃウチにだって熨斗付きのバウムクーヘンが届いてもおかしくはないが。
悪い予感に背を押されるようにふらふらと立ち上がった信幸は、熨斗を拾い上げて仰天した。
「ち、父上…これ、もしかして余所様宛の御使い物とか、じゃない、ですよね…?」
「そうじゃが、それがどうした?」
「どうしたもこうしたも!井伊って書いてあるじゃないですか…もしかして、あの井伊ですか?!」
熨斗だけではない。見ればバウムクーヘンの包み紙にはしっかりと、宅急便の伝票が貼ってあるではないか。
贈り主は井伊直政。見ずとも分かる、宛先は絶対あの家康。他に誰がいるというのだ。
「まさか、父上…菓子食いたさに盗んできたのでは…」
「ええい、人聞きの悪いことを申すでないわ、信幸。家康の家の前に宅急便の車が止まっておってのう。留守で困っているようじゃったから、儂が代わりに受け取ってやったまでのこと」
事の次第も全く分からぬ弁丸が、ふひー!と満足気な歓声を上げた。どうやらバウムクーヘンを食べ終わったらしい。
鼻歌交じりで牛乳を汲みに行く弁丸の無邪気さが、信幸には、正直憎かった。
ああ、いっそ見なかったことにしてしまいたい。けど。
「代わりに受け取ったなら、ちゃんと後で渡しに行かないと駄目じゃないですか!っていうか、何で受け取るんですか?!また上手いこと言って騙して持ってきたんでしょう?!」
「何を言う!男たるもの欲しいものは己の手で奪えと言うたじゃろうが!」
教育方針を曲げないのは、良いことだ。
だがその方針自体が間違っていたら、もう良いとか悪いとか、そーゆーレベルの話じゃないんだろうか。
けどこの父に、何を言っても無駄だ。特に家康関連のことでは。信幸はがっくり膝を付く。
何か色々諦めた信幸が胃を痛めながら、それでも覚悟を決めて菓子折り片手に家康の家に向かう道すがら、弟と夕食のハンバーグを奪い合う父の声が背中から追い掛けてきた。ぶっちゃけ、心が音を立てて折れそうだった。
そんなこんなで、信幸には好き嫌いはないのだが、ちょっと嫌なことを髣髴とさせる食べ物だったらいっぱいある。(思い出したくないのだが、西瓜も饅頭もそうだし、刃傷沙汰や怪我の危険を伴うことなく一家揃ってほのぼのと焼肉をする、というのは信幸のささやかな夢だ、目下のところ)
だからあれから随分大きくなった弟が、相変わらずの満足顔でバウムクーヘンを頬張っているのを見るとつい苦笑してしまう。なのに。
「あ、兄上も召し上がりますか?」
こんな言葉で、じんとしちゃったりも、する。人間らしく育ってくれたなあと信幸の感慨も一入だ。
私はいいから、そう言い掛けた信幸の動きが止まった。
「何でそんな変な食べ方をしてるんだい、幸村?」
かつてはバウムクーヘンだろうがたいやきの頭だろうが、それこそ皮のままの蜜柑だろうが。
何でも齧り付いていた幸村が、フォークと歯を使って無駄に丁寧に食べているのである。一枚一枚、バウムクーヘンの年輪を剥ぎ取りながら。
夢中で齧り付くことと、いじましくちびちび食すこと、どちらが行儀に適っているのかは分からぬが、それでも信幸には意外だった。
信幸の至極尤もな疑問に、幸村は首を傾げる。
「いや、その。何でそうやって一枚一枚わざわざ剥がして食べてるのかな、と思ってね」
「あ、ああ…そういえば」
夢から覚めたような口調で、幸村はぼんやり答える。意識して、わざと奇妙な食べ方をしていた訳ではないらしい。右手に握ったフォークと、左手に握ったバウムクーヘンを見比べながら、幸村は小声で呟いた。
「…こうして食べると、何だか楽しくていっぱい食べられるような気がする」
味より量を気にする幸村らしいのかな、そう考えた信幸の笑みが、幸村の言葉の続きを受けて一層深くなる。
「と――政宗殿が、仰ってました」
幸村の為に真田家を訪れる政宗を、信幸は何度も目にしたことがある。お世辞にも人懐っこいわけではないが、少なくとも信幸には敬意をもって接してくるあの少年。年若いながらも洗練された仕草で振舞うことに慣れている彼は、弟の友、いや多分それ以上の存在の筈で。なのに、こんな。
「あ、兄上?」
突如笑い出した信幸を不審に思ったのか、フォークを咥えたまま幸村が声を掛ける。
「あの子も」
くつくつと漏れる笑い声の合間に信幸は辛うじて声を捻り出した。自分でもおかしくなるほど笑いが止まらなくて、それがまた信幸の笑みを誘う。
急に、弁丸、とあの頃の呼び名で弟を呼んでみたくなったのだけど、それはさすがに我慢した。
「幸村の前ではそんな変な食べ方をするんだな」
きっと幸村にはそれがどういう意味か分からないのだろう。自分が知らず彼の食べ方を真似てることも、勿論、兄の寂しいほどの安堵も。
「で、兄上は召し上がらないのですか?」
もうお腹いっぱいだよと手を振る信幸に、幸村は、やはり何も分かってなさそうな顔のまま、バウムクーヘンの年輪を一枚、綺麗に剥がしてみせた。
嫌な思い出のある食べ物は多いし、焼肉を食べながら和やかに一家団欒はやっぱり信幸の夢、なのだけど。
「見たら切なくなる食べ物なんて初めてだよ、幸村」
そうですか、私はお腹いっぱいで切ないです。そう呟いた弟が、あどけない子供のように見えた。
いやー先日までカミヤさんが言ってたじゃん、バウムクーヘンの食べ方。
あれで妄想してメールして妄想して、んで書いてもいいよって言ってくれたので書いたのです。
「はじめはガブリ派だったが、伊達の影響で剥いで食う派になる幸村」というだけだったのに、昌幸パパが出張りだして何のことやら。でも信幸兄ちゃんが幸村に分けてあげるというのはカミヤさんが考えてくれたよvvvありがとう!あと真田の教育方針もな!!!www
信幸兄ちゃんとヤスと井伊には、この場を借りて謝りたい。無論、カミヤさんにも!