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復活しました!いえー!充電たっぷりして元気になりました!どうもありがとうございました!

何があったかっちゅーと、何だかしょんぼりな話になりそうなので、下げておきます。話すべきなのか隠すべきなのかも分かりませんで、あと、少しだけ自分の中で整頓しておきたかったちゅーか。

日記お休み中もせこせこ書いていましたが、エンパ、やっと伊達と真田が出会えて良かったです(他人事のように)。このまま会わなかったらダテサナじゃねえし!と悶々していたので、ほっとしました。なのにヤス出ずっぱり。全く私は自分の感情どころか自分の話も操れません。常に見切り発車です。
あと、そろそろ死ネタも入ってきますので(いきなりそれかい)苦手な方は回避お願いします。ここで言うてもしゃーないんですが。
あとマジでそろそろ兼続が酷い話を書きたい。あと、遠呂智ベースで何か書きたいと考えてます。やりたいこといっぱいだ!まずは道教の勉強とかしたいです(は?)

で、まぁ、何があったのかといいますと、結局、何があった訳でもなくてですね…(オイ!)。

本当に別に何がどう、という訳ではなかったのですけど、そして恐らくは疲れが溜まっていたということも大きかったんでしょうけど、本当に色々くじけそうでした。
もしかしたら、仕事での立場が今よりやや責任あるものになりかけていて、それに付随してどうしても出てくる、家と仕事の割合をどうすべきなのか、だとか、いずれ授かるかもしれないけどそれはその時考えればいいやと目を背けていた子供の問題だとか(まるで予定はないのですけど、仕事の立場が変わればそういったことも問題になってきますしね)、そういうことを一気に考え出してしまった所為なのかもしれません。この手のタイミングと言うのはご存知のように重なってしまうもので、なのに今まで全然きちんと考えていなかったツケに加えて、自分の実家から偶にかかってくる電話だとか、そこで当たり前のように語られるかつての自分の家の事情だとか、それらにうんざりしていただけかもしれません。

仕事の合間に主人の実家に顔を出して(以前母の日の時に挨拶に伺えなかったので)、何だか最早それすら正直面倒臭い。
というと語弊があるのですけど、行きの車の中で「行くのは嫌じゃない、こうして暮らしている事だって何の不満もない。けど、居た堪れなくて八つ当たりして罵ってしまいそう」とぎゃんぎゃん泣き出す始末。旦那が隣でどうすることも出来ずに、懸命に話を聞いてくれようとしているのは分かってたんだけど、抑えられませんでした。
実家で、いつも通りの暖かい歓迎を受けて、おばあちゃんが「二人が元気そうで嬉しい」と喜んでくれるのを見て、また泣き出しそうになりました。なんか、この人は、私が子供の頃から憧れていたごくごく普通の家庭に育った人で、それを維持する努力を普通に出来る人なのだと突如実感してしまったのです。当たり前に家族が居間に集まって、テレビを見ながら談笑して、でもそこには、互いを罵りあったり威圧したり、時には殴ったりすることが一切存在し得ない。そんな家庭というものが正直、心底怖くて羨ましかったのです。薬を飲まなくなっても夜平気で眠れるようになっても、電話の音が怖くなくなっても、結局忘れていないんじゃんと自己嫌悪に陥る始末。

上司と「もしも今子供が出来たら仕事をどうするつもりか」という話をしながら、私はどうなってしまうんだろうと完全に迷子。仕事のことではありません(それも大事なことだけど)。シンクに置きっぱなしのたかだか弁当箱一個、投げ出されたままの今日の靴下、疲れていればそれを見ただけでイラっとしてしまうこともある自分は、そんな状況になったら子供に辛く当たって、気まぐれに可愛がって、混乱させてしまうのではないかと思ったら、目の前が真暗になりました。人間疲れるのも八つ当たりするのも当然のことなのに、ねえ。

それでもここ数日はゆっくりご飯を作って、食べたいものを食べて、まだご飯は味わうことが出来るとやっとほっとしたのです。

目の前にあるのは、昔食べ慣れた、しかも腹が減った、つか食べなきゃ死ぬという理由だけで一人ぼっちで買ってきた無理に腹に収めなければいけない惣菜ではなくて、それをかっ込んでさっさと自分の部屋に避難しなければいけない状況でもなくて、本当に良かったと思いました。まだ私には好きな本を読むだけの余裕もあるし、楽しいことがあれば笑えるし、ダテサナの話を考えればやっぱり拙いながらも嬉しいのです。何か考え出すと少々気重になりますが、それでもあのどうしようもない苦しい発作のようなパニックに陥る状態が再発したわけでもありません。
「あんな家、本当は帰りたくない。でもそんなこと思ってる私にもしも子供が出来たら、ばあさんやかーちゃんと同じことをするかもしれない自分が怖くて仕様がない」と泣き喚いたら、肩の荷が下りた気がしました。
多分、私が言いたかったのは、仕事が大変とか色々七面倒臭いことがあるとかじゃなくて、このことです。
今まで家族と過ごしてきた私の人生の半分と少々、その全てが間違っていたとは思わないし、おじいちゃんやお父さんは私を随分庇って大事にしてくれた。私達を庇った所為で彼女らに随分酷いことを言われたりされたりしても、その被害がなるべく私に及ばないように頑張ってくれてた。実家に置いてきてしまった妹を私はずっと見捨てたと思っていたのですけど、それでも妹は、自分だって似たような状況なのに、私と普通に話したり叱ったりしてくれる。私にだって幸せな幼少期というものはあるのです。でもそれとは別に、やっぱり私にとってはすこぶる嫌だったこともあったんです、きっと。

これまでは、「もうそんなことにならないから、大丈夫。今までよく頑張ったね」と幸いにも言ってくれる人達がいました。仲良くしてくれる人もいたから、何だか安心できてたのです。でも、今度はその先に続くものを想像したら途端に怖くなった。私から生まれるものも、そもそも私も、あれらと似たようなものではないかと思った、そんな感じです。でも、きっと、怖いのはもう仕様がないのだと思います。大事にされたことも、虐げられたことも、どっちも覚えているんだからしょーがないことです。それに気付くまで随分長くかかりました。

こんなことを書くと、子供でも出来たみたいですが、残念ながら(今は心から残念ながら、と言えます)そんな予定はありません(笑)。それまでにお金も溜めなきゃいけないし、もしも本当に子を望むのであれば、身体のことで少しだけ病院にかからなければいけないでしょう。授かりものがいつやってくるのか、本当にやってくるのか、そんなことはとんと分かりかねますが、それを望めないという自分の幼稚さに不貞腐れていただけなのです。でも今は、いつかそうでありたいと思えるし、それだけは、進歩かなと勝手に自負してます。

うん、そんなことでぐだぐだ悩んで本当に阿呆みたいです。でも、正直、今悩んでおいて良かったと阿呆なりに思ってます。訳も分からず、でもただただ励ましてくれた友人、そして周りの皆様にはこの場を借りてお礼を。本当に、心から励みになりました。拍手をぽちぽちしてくださった方も。こんなしょんぼりな話、書くべきか悩みましたが、サイト始めてからこんなに日記に時間を開けたのははじめてでしたし、格好悪い言い訳を置いておくのは自分への戒めにもなるかなと思って上げておきます。独り言のようなぐだぐだ話をここまで読んでくださったあなたにも感謝を。ありがとうございます。
私はちょう元気です。うん、もー、ほんとにだいじょぶです!イェア!

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